comic 60's-70

永島慎二 追悼

 永島慎二が死んだ。
 67歳。
 残っているのは『ガロ』の増刊だけ。
 表紙の画像はすでにこのサイトにアップしている。
 いま読み返すと、枯れ果てているな、という印象しかない。
 当時から、すでに一種の叙情職人とみなしていたようだ。  


 1968.6増刊
 この号には、書き下ろしの「ねじ式」が巻頭に載った。
 まさに事件というに値する得体の知れない衝撃を残し
た。「激動の七ヶ月」はいたるところ、さまざまな領域に
伝播していったのだった。
 60年代なかばの『ガロ』は、ただ漫然と高校生のわた
しの月ぎめのカスタムだった。理由としては白土三平
『カムイ伝』を読むことだけだった。この雑誌は『カムイ伝』
を連載するための媒体だと理解していたわけだ。他には、
水木しげる の『墓場の鬼太郎』があった。残りのページを
見ることはほとんどなかった。『カムイ伝』目当ての回し読
みの順番待ちだったから、そんな暇はなかったのだ。 そ
のうち、白土、水木以外の第三の男が気になるようにな
ってきた。 それがつげ義春だった。

 1968.9増刊
 「異色」という語感はすでにして当時から一つのブラン
ド志向でもあったわけだ。
 内容的には、まあ、玉石混交の本。
 メンバーは、永島慎二、滝田ゆう、池上遼一、佐々木
マキ、林静一、ふじ沢光男高橋わたる聖一郎
山本いくお
田代為寛、勝又進、日野日出志。懐か
しい名前もあれば、すでに忘却の底に沈んでしまった
名前もあり、栄光に輝く名前もあり……。



 1969.7増刊
 永島慎二はガロ系というより、COM系の書き手だっ
たのだろう。
 思い出せば、ここに収められた作品よりも、
漫画家残酷物語』のほうに親しんでいた。こちらのほ
うはナマではなく、単行本にまとまったものだった。その
せいか、すでに「過去の人」のようなイメージがつきま
とっていた気がする。

 1970.2増刊
 林静一『赤色エレジー』のほうが有名だ。A5判の
上製本がある。
 保存はしていない。




1971.4増刊
 雑誌増刊の版型では他に、滝田ゆう勝又進
池上遼一楠勝平つりたくにこ辰巳ヨシヒロの特集
号があった。
 別に青林堂からは、B5判箱入り上製の『現代漫画の
発見』シリーズが出ていた。こちらのほうは、残念なが
ら、記憶も現物も残っていない。

 『COM』増刊。1971.7
『COM』は創刊号からすべて揃えていたが、間もなく
手放してしまった。
 残っているのは、この一冊きり。
 というわけで……。 


 宮谷一彦の作品はわりと保存してある。『東京壊滅』は『女性自身』の連載。他は『プレイコミック』が初出。
タイトルは、後の北方謙三などと近似していることに気づく。何かこの世代に共通する「共同幻想」のありかかもしれない。
 これらの作品が単行本に採録されているのかどうかは知らない。
 宮谷は70年代の後半にプロレスものなどで復活しかけたが、以降の作品歴は追いかけていない。 


栄光の少年マガジン

70年5月と8月の表紙。構成は横尾忠則。原画は、左がちばてつや、『明日のジョー』の、あまりにも有名なKOシーンのコラージュだ。右が斉藤五百枝。
 この年の3月、ブント赤軍派が明日のジョー作戦を敢行。そして力石徹の追悼イベントが開かれた。矢吹丈をノックアウトした力石は、試合後、過度の減量のために死亡する。フィクション上の人物の生と死が、これほどまでに現実の出来事として話題をさらったことはかつてなかった。

 横尾忠則集の後編。70年の8月と9月。原画は、左が香朝楼。右が手塚治虫。
 横尾忠則は同時期、講談社版江戸川乱歩全集の装丁も手がけている。アングラ・アートと乱歩万華鏡はよく似合っていたが、似合いすぎてもいるようで、わたしには違和感が多かった。少し前に出ていた、真鍋博の装丁による春陽堂の18巻全集のほうが気に入っていた。

 これは1970年の11月から12月の表紙。構成は水野石文。原画は、谷岡ヤスジルネ・マグリット。舞台は少年マガジン。ヤスジの鼻血ブーとシュルレアリスムの名画は、疑いもなく無媒介に自明に同一空間において享受されていた――その事実を証明する実例だ。
 もう一つの実例は『美術手帖』という雑誌に見つけられる。ちょうど同じ頃だと思うが、「毛沢東、ゴダール、谷岡ヤスジをめぐって」というサブタイトルのけっこう生真面目なシンポジウム記録が掲載された。じじつゴダールは「映像マオイスト」として急旋回を始めていたし、突飛な横断とも、強引な関連づけとも感じられなかった。文化における極左冒険主義は、こんなふうに到るところに噴出していたのだった。雑誌は手放してしまったし、発言者がだれとだれだったかも忘れている。

 表紙1971年の分。前衛性は薄れ、ごく普通のパッケージになってきている。以降のコレクションはなし。  


『高校生心中』シリーズは、便乗というよりむしろ先駆けだった。原作シナリオは佐々木守
 赤塚プロと滝沢解のジョイントによるもう一作『高校さすらい派』は、あとに人気になったものとは別のストーリーだったと思う。

 とくに若い年代の心中が流行したという記憶もないけれど、こうした作品はまだ何かを語りかけてくるようだ。
『六本木心中』もまた、赤塚プロと滝沢解のジョイントの産物。

少年誌のなかに忽然と現われた不条理アンチ・ギャグ。というのみでなく……。
 原作者として滝沢解の名が初めて登場したステージだ。赤塚不二夫の全盛期はこの前後、何年にもわたるが、滝沢とのコンビは、とりわけ不可思議な光芒を放った。
 劇画ストーリーとスラプスティック・ギャグの強引な合体。そこに隠れた不穏で不埒なイデオロギー。このあと『狂犬トロツキー』などの作品がつづいた。
 コレクションをあけたら最後のページが脱落しているのを発見。ムムムム……

























ヤンコミのナンセンス漫画はこの二人に代表される。ギャグ、ナンセンス、アヴァンギャルドが無原則かつアナーキーに舞い
上がっていたとんでもなさがこの時代の彩りだったわけで。

 筑摩書房がA5版の箱入り上製本『現代漫画』シリーズを刊行した。読み捨てられて当然のジャンルが「文化」に上昇を
果たす。そのなかの一冊はなんと『前衛漫画傑作集』と銘打っていた。額縁に飾られた「前衛」を今ながめるのは奇妙な
居心地の悪さをもたらす。 その顔ぶれは――。 赤瀬川原平秋竜山井上洋介梅田英俊岡本信治郎佐伯俊男
佐々木マキ辰巳四郎タイガー立石長新太つげ忠男辻まこと中村宏林静一横尾忠則木村恒久マッド・アマノ

 宮谷一彦真崎・守は、わたしのなかでは当時の劇画最前線を行く二つのビッグネームだった。二人とも早く来すぎたピークを、この雑誌とともにむかえていた。
 宮谷は、他に『プレイコミック』などにストーリー性主体の路線を描いていたけれど、あまり成功していない。この時期の「実験的」な私小説漫画がいい。 真崎の『はみだし野郎の子守唄』は深夜放送のラジオというメディアと切り離せない。それも淺川マキの歌声がよく似合う。それしかないような感傷世界だった。

 M・ハスラー望月三起也。『マッド・ドッグ』は常に巻頭を飾っていた。『ワイルド7』よりも、こちらが代表作だと思うんだが、どうかね。 『ノスパイフ戦線』はもう少し後の時期かと思いこんでいた。じっさいには、ヤンコミの初期からスタートしていたのだ。それなりの新発見であった。  


 70年前後の漫画を雑誌で代表すると、ヤングコミック、ガロ、COM、少年マガジンなど。なかでも特別の思い入れがあるのが、これ。

大藪春彦原作『戦いの肖像』

 1970年の分がほとんどコレクションに残っている。残っているのだから、それだけの理由にしろ、捨てるにしのびなかったのだろう。保存状態は良くない。もともとか一山50円くらいの古本で手に入れた。明らかにナニヤラとわかる黄色いシミのべっとりとついたページも……。 公開するのは、その一部。 手放してしまったものは忘却の彼方にある。

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