1985年1月−6月

 20年遅れの映画日誌。映画を観るためには映画館に出かけるしかなかった時代の話。1985年版。
 1985年1月17日木曜
 澤井信一郎『Wの悲劇』
 新宿
 原作そのままではなく、メタミステリ仕掛けに脚色してくれたのが嬉しい。
 もう一本は、大林宣彦・原田知世の『時・少』コンビによる『天国にいちばん近い島』。東映やくざ映画の殺され役専門だった小林稔侍が初めて存在感ある芝居を見せてくれた。












 1985年1月19日土曜
 フィリップ・カウフマン『ライト・スタッフ』
 新宿
 月並みながらサム・シェパードに尽きる。それとバーバラ・ハーシー。
 宇宙への挑戦、男たちのドラマてんこ盛りなどなどは、日が去ればおおかたは忘れてしまうものだし。












 1985年1月27日日曜
 アラン・タネール『光年のかなた』
 渋谷 ユーロスペース

 1985年1月31日木曜
 ダニエル・シュミット『ラ・パロマ』
 六本木 シネヴィヴァン

 すべてこの世はこともなし。

 また近づいてくるのか おぼろに揺れる影たちよ
 かつて いまだ見るすべを知らなかった眼差しの前に現われたお前たちよ。





 1985年2月21日木曜
 森崎東『生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言』
 銀座 試写

 鈴木清順『カポネ大いに泣く』
 新宿












 1985年2月23日土曜
 アンジェイ・ズラウスキー『私生活のない女』
 新宿 シネマスクエア
 ズラウスキーの作品は、この後も何本か観たけれど、ついに好きにはなれなかった。これがいちばんまともだったような気もする。
 ご縁がなくて申し訳ない。
 最近は「ヘア無修正版」で出回っている。となると公開時の修正版のあのボカシの凄まじさも一種の資料的価値を帯びるのでは?

私生活のない女 ヘア無修正版



 1985年2月26日火曜
 ジョン・ウォーターズ『ピンクフラミンゴ』
 新宿
 これも故佐藤重臣がフィルムをかついで主催していた小ホール上映で観た。観客は20人くらいだったか、カルト・ムーヴィーにふさわしいこじんまりした雰囲気だった。
 ウォーターズはこれをきっかけにしていろいろ観たが、ファースト&ベストだ。
 もちろん無修正版である。公園で露出狂同士がバトルロイヤルを始めて、スクエアな奴がコートをおっぴろげてモロダシして回っていると、ニューハーフの奴がやおら女の上半身を見せてから下半身の大砲をボロンと出す爆笑シーンなんか、ボカシではその面白さがわからんわけだ。
 もう一本は、『フリークス』
 なんど観ても凄いな。














1 2 3 4 5
1 2 3  3月分は資料がまったく保存されてない。
 遺憾である。
 2日土曜 ヴィム・ヴェンダース『ことの次第』二度目
      ミクロシュ・ヤンチョー『ハンガリアン狂詩曲』
      ハーレイ・コークリス『バトルトラック』  ようする
にニュージーランド版『マッドマックス2』なんである。素晴らしいパクリの根性をみよってんだ。

 7日木曜 ジョナス・メカス『リトアニアへの旅の追憶』

 10日日曜 ライナー・ファスビンダー『リリー・マルレーン』
       ジョセフ・フォン・スタンバーグ『嘆きの天使』
       ウィリアム・A・ウェルマン『民衆の敵』
       ラオール・ウォルシュ『彼奴は顔役だ!』

 23日土曜 村川透『聖女伝説』

 31日日曜 ジョージ・スティーヴンス『陽のあたる場所』
4
 1985年4月16日火曜
 ヴァレリオ・ズルリーニ『激しい季節』
 渋谷
 59年製作の映画がどうして今ごろリヴァイヴァルなのか。名作でもないのに。というより、なんで観にいく?と自分でも不思議だったりして。
 子供の頃にこの主題曲「テンプテイション」をよく聴いていた。テーマ曲から想像するに、すごく激しいエロなんだろうと思いこんでしまったのだ。
 そのような積年の潜在下意識に導かれるまま、季節はずれの映画にひたったのであった。


5  1985年5月7日火曜
 和泉聖治『バロー・ギャングBC』
 新宿
 「しぶがき隊」追っかけムーヴィー。悪いか。
 映画は映画である。
 そこにあることに理由はない。

6 7 8
6 ピンク ズームアップ映画祭
 1985年5月18日土曜
 滝田洋二郎監督・夢野史郎脚本『真昼の切り裂き魔』
 新宿
 ズームアップ映画祭の第六回作品賞
 他に 滝田洋二郎『OL24時 媚娼女』
    渡辺元嗣『女教師 淫らな放課後』

 持っているピンク関連の資料が貧弱なので、偉そうなこともいえないけれど。
 滝田ピンク時代の最盛期に立ち合っていたのだろう。
 それと夢野脚本に魅かれていたのも、わたしの度しがたいマイナー好みか。
7  1985年5月23日木曜
 ユーゴ・サンチャゴ『はみだした男』
 脚本ホルヘ・ルイス・ボルヘス&アドルフォ・ビオイ・カサーレス
 駿河台 アテネ・フランセ文化センター
8
 1985年6月1日土曜
 柳町光男『さらば愛しき大地』
 自由が丘
 柳町光男特集
 『十九歳の地図』は二回目
 『ゴッド・スピード・ユー!  BLACK EMPEROR』

第一回東京映画祭

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8 1985年6月1日土曜
 ルイ・マル『アトランティック・シティ』
 第一回東京国際映画祭 渋谷 NHKホール
 
 『鬼火』や『ルシアンの青春』のルイ・マルではなく、アメリカ映画のルイ・マル。その初めての遭遇がシネマシティ渋谷の映画祭だった……。
4 1985年6月2日日曜
 侯孝賢ホウ・シャオシエン『風櫃フンクイから来た人』
 ティム・バーンズ『アゲインスト・グレイン』
 渋谷 パルコ・スペース・パート3
 東京国際映画祭の協賛イベントとしてピア・フィルム・フェスティバルも同時開催。
 忙しい10日間だったこと。
 合計13本。
9  1985年6月4日火曜
 ノーマン・ジュイソン『ソルジャー・ストーリー』
 第一回東京国際映画祭 渋谷 NHKホール

 『夜の大捜査線』の軍隊版といったところ。軍隊という「真空地帯」における殺人事件捜査を通して人種差別問題に迫る。この手法の先鞭をつけた作品。
 舞台挨拶に立った主演のハワード・E・ロリンズJrの、なんと恰好良かったこと。
10 11  1985年6月6日木曜
 ヴィム・ヴェンダース『パリ、テキサス』
 第一回東京国際映画祭 渋谷 NHKホール
 痛みにみちた映画青年、映画を観ることと映画を作ることが同義だったゴダール世代の申し子。ヴェンダース最初のメジャー映画。
 この作品を観るためにこの映画祭はあった。
 というわけで初めて「ミステリマガジン」に書かせてもらった原稿が上。
 要するに『パリ、テキサス』のナスターシャ・キンスキーは『リオ・ブラボー』のアンジー・ディキンソンへのオマージュであった、といいたいだけなのだが、出来映えが悪くて我ながらガッカリしてしまう。
12 13  1985年6月8日土曜
 マリア・ルイザ・ベンバーグ『カミラ』アルゼンチン
 バーバラ・サス『叫び』ポーランド
 第一回東京国際映画祭 渋谷 東急名画座
 NTTベスト30アラウンド・ザ・ワールド





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プログラム
14 15 1985年6月9日日曜
 ミゲール・リッティン『アルシノとコンドル』ニカラグア
 フィリップ・ボーソス『グレイ・フォックス』カナダ
 第一回東京国際映画祭 渋谷 東急名画座
 NTTベスト30アラウンド・ザ・ワールド
 最終日が大当たり。『アルシノとコンドル』も良かったが、カナダ製西部劇『グレイ・フォックス』で初老のアウトロウを演じきったリチャード・ファンスワースに感激。ファンスワースはデヴィッド・リンチ作品『ストレイト・ストーリー』が遺作となった。
 「映画祭の映画祭」プログラムは、だいたいロードショー公開が決まっている話題作。この機会にしか観ることのできない作品は「NTTベスト30アラウンド・ザ・ワールド」に集中していると狙ったわけですな。
 心残りは「TAKARAファンタスティック映画祭」 全部オトシテしまったが、まあ、機をあらためて。




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